建設の歴史散歩+

1974~2005まで連載された建設の歴史散歩+エッセイ的な

第四回 石工・大工のふるさと 信州高遠

石工・大工のふるさと 信州高遠 ~建設の歴史散歩~ 菊岡倶也 『建設業界』日本土木工業協会 1974年6月号の記事より 

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高遠の地を踏んだこの時の父は37歳。建設省を退職して日本建築センターに移っていました。(芝浦工大講師とありますが、父は掛け持ちで仕事をしていて、この連載もそのひとつ。)

休日になると出掛けていた取材旅行。カメラとペンとメモ帳と重い文献資料を鞄に詰めて、時間のない父には調べものは旅に向かう車中でした。そうして降り立った駅は春が待たれる季節。雄大な景色と古代鏡の諏訪湖を眼下に、桜で有名な高遠の集落へ。俗に江島事件(近年は幕府によるでっちあげ事件との説あり)と呼ばれる、大奥の江島が人気役者と恋に堕ち、追放された城下町でもあります。旅人にロマンとセンチメンタリズムを呼び起こしたのではないでしょうか。


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歌舞伎の演目にもなった江島事件

 

高遠の石工を調べる気になったのは、いかにも父らしいのです。父は人の血の通った物語が好きでした。建築物ではなく、建設業の物書きになったのも、大工や職人、苦労人の物語に魅了される部分があったからでしょう。会社勤めに苦悩する一方で、物書きに精を出す日々もまた、職人の石工の心情に重なったかも知れません。

 

春を待つ里の風情を胸いっぱいに伝えるこの回は、取材の使命と期待感に溢れる胸中と、石工の過酷な運命を受け止めるものでした。のどかな桜の里から築城に駆り出され、搾取され続けた無名の石工の魂が少しでも安らぎを得るなら、この原稿も無駄ではないと思えるのです。更に旅風情を感じて頂けたら嬉しい限りです。私も次の春は、無名の石工の魂へ手を合わせに行こうかな。

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※添付画像には著作権が存在します

※表紙絵は牧野伊三夫さん画筆(全体像がup出来ず部分になってしまっています)※田中良寿さん編の著作目録を活用させて頂いてます※建設産業図書館の江口知秀さんにも多謝を申し上げます。